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みなさまのおかげです。

 平成3年長崎県雲仙普賢岳噴火災害の発生に際し、ボーイスカウトの精神とスキルを活かそうと、先陣としてスカウト指導者仲間と二人「愛車キャラバン」に横浜市民からお預かりした救援物資を満載し現地入りしました。その後、神奈川や東京のボーイスカウトも加わり4度の活動となりましたが、同行したスカウトらは被災地の疲弊した心情をよく理解し、その素晴らしい活躍ぶりは清々しい思い出となりました。

 以来、阪神淡路大震災、岩手沖地震、石川県重油災害、那須町水害、新潟豪雨、中越地震、中越沖地震、岩手宮城内陸地震などスカウトの責務として現地入りし「災害ボランティア」としての使命を果たしてきました。中越沖地震では日本のボーイスカウト史初の試みとして避難所となった「比角小学校」の運営を柏崎市に委託されたことから、私はボーイスカウト新潟連盟から「運営責任者」としての命を受けて現地入りし、市内外のボーイスカウトや他のボランティアと協力体制築いたうえで市から引き継ぎました。この貴重な体験から「首都圏直下型地震をどう迎えるか」という記録集を編纂しました。

 また、平時の活動として市民レベルの防災訓練や講習など積極的に関わり、災害時は子供達の力も必要なこを痛感していたことから、応募した「少年防災ボランティア養成プロジェクト」は内閣府のチャレンジプランに採用され、現在までに千人を超える指導者と子供達が育ちました。

 阪神淡路大震災を契機に各地で「災害ボランティアネットワーク」が設立され、地域防災向上に寄与しているのは心強く思います。こうした団体が実施する講習や訓練会へも、積極的な応援を惜しみませんでした。

 20年に及ぶ活動のなかから「災害ボランティア活動」といえども救援資機材の必要性を痛感し、資機材の増備に努めてきた結果、多くのお力添えを頂くなかで「災害医療支援隊(DMAT)」をサポートするする「野外医療活動支援ユニット」がほぼ完成しました。

 この度、ある篤志家より「災害救援車」ご提供のお話を頂きました。実現すれば日本の災害ボランティア運動にとって大きな一歩となります。また、青少年の健全育成をめざし「災害支援」も視野に入れたボーイスカウトや地域の子供達にも「共生」の大切さを見せるなど大きな影響を与えると思います。

 今日までの「初期・災害支援活動」は単独行動のようなものでしたが、「被災地における未知への危険性」を考えるとやもうえない判断と思います。今後もこうした体制が続くと思いますが、重ねてきた「活動実績」と「ノウハウ」は「記録」に残され、他団体の追従を許さないものと自負しています。活動は主点は「被災者」にありますから、全てを公開し「地域防災強化」に寄与することが願いです。

 シンクタンク的に考えれば、近い将来の社会的効果は、年間五千万~数億と勝手に推測しています。「災害救援車」の導入は運動を加速することになります。篤志家は目先の利益よりも「夢の実現」を重んじている姿には頭が下がります。 

 「いつも他の人々をたすけます」はボーイスカウトにとって大切なモットー。困っている人々の存在は被災地だけではありません。国内は高齢社会を向え高齢者世帯が増加しています。高齢により通院など公共輸送機関の利用が困難な方も増えています。

 本日午後は「送迎ボランティア」として、歩行困難な奥様をご主人が骨折で入院している病院への送迎のために出動します。



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たい焼きパパのボランティア三昧記

 災害ボランンティア活動でつるむことの多い「たい焼きパパ」が、ようやくネットワークへデビュー。作ったブログ名は「たい焼きパパのボランティア三昧記」。雲仙普賢岳噴火に際しての救援ボラ活動以降、独力で災害ボランティア活動を継続しています。最近はたい焼き器を...
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