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ボーイスカウト野営場の草刈奉仕

 ボーイスカウト横浜第96団には、篤志家のご支援により、百坪ほどの「団広場」が確保され、二棟の団倉庫設置やスカウトの集会などに活用させていただいています。ご好意には関係者一同感謝しています。

 本年も春を迎え雑草は容赦なく生えるようになりました。隊ごとに年数回の草刈日を設けて整備しますが、今年も炎天下など「草刈作業」は結構厳しい状況になります。道具としては「鎌」や「草払い機」を使いますが、これがまた大変さに加えて危険な作業なので、団運営にとっても頭痛の種の一つです。

 昨年の夏、「第12回神奈川キャンポリー」という二千人規模の合同キュンプが静岡県富士宮市朝霧高原で開催されましたが、終了後、団広場へ行くと雑草が多い茂っているという状況でした。事前に「草払い機」で整備していましたが、油断していたことから、地主さんに申し訳ない状況になっていました。

 そこで「たい焼き基金」が少し貯まっていたので、少し足して、インターネットで「ホンダの自走式芝刈り機」を購入しました。今まで3日掛かっていた草刈作業は、僅か1時間で済むようになりました。

 結構、楽しい作業なので、近くの横浜第99団広場にも手を広げさせていただきました。我が団広場より少し広いのですが、2時間でゴルフ場並の仕上がりです。

 キャンポリーで知り合ったスカウト指導者の所属する、逗子第1、2団広場にも手を広げ喜ばれています。

 昨日は朝から恐る々エンジンを掛けてみましたが、すこぶる快調でした。嬉しくて、横浜第96団広場と横浜第99団広場の草刈りを行いました。

 連休を利用して、逗子の団広場も綺麗にしたいと考えています。

 終了後は、体にも心にも「爽快感」が残るもので、奉仕先を広げ、今後も続けたいと「社会奉仕」の一つです。

 
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「たい焼きパパ」賛歌

 昨日は、午後から自宅近くの「学童保育所」で「たい焼きボランティア」を実施し、50枚ほどを焼き上げました。こちらでは20名ほどの小学生が毎日放課後の一時を指導員の下で過ごします。

 施設は元バーベキュー場なので横浜市内とは言え、ほとんど山の中という感じで子供達は、天気の良い日には大木の枝に結んだブランコや崖すべりなど野外遊びで過ごしています。

 今回は二回目ということで、「たい焼き」は子供達が自分で焼くように仕向けています。だいぶ上手になりました。

 次回は二ヵ月後を予定していますが楽しみです。

 こちらの施設は山の上に在り、資機材の持込が大変なので、次回は車搬送可能な近くの「学童保育所」で合同にしてほしいとお願いしまた。

 子供達の喜ぶ顔を見るのはいつも楽しいですね。

 今日は、これまた自宅近くの「社会福祉協議会活動センター」で午前中の二時間「赤十字救急法短期講習」ということで、関係するボランティアら約十名を対象に「心肺蘇生と対外式除細動器」について行いました。

 皆さん、熱心にご清聴頂き、善い日となりました。

「ボーイスカウト神奈川連盟・災害支援奉仕活動ガイドブック」賛歌

 今日まで営々と続けられてきた神奈川のスカウト・指導者による自発的な災害支援活動は、被災地からも高い評価を頂くなどの実績を重ね、ボーイスカウト神奈川連盟内に「災害支援委員会」が発足して三年になろうとしています。

 全国的にみても、ボーイスカウトの都道府県単位による組織を挙げた「災害支援奉仕活動」を展開するというシステムは稀で、神奈川の誇りとも思います。

 「ガイドライン」の制定に加え、最終的にスカウト・指導者に活動の規範を示す「災害支援奉仕活動ガイドブック」が前回の常任理事会で審議され数箇所を訂正し昨日製本を終わりました。これから神奈川連盟にお届けします。

 明日の理事会で審議されますが、今後のスカウト運動のあり方を考えると素晴らしい進歩と思います。

 「県連・災害支援委員会」や「地区・災害支援チーム」の名称は、一般のスカウト・指導者にとって「被災地の危険性」を連想することから、敷居が高いというご意見が多く寄せられていました。今回の「ガイドブック」では、実際に神奈川のスカウトらが被災地で行ってきた活動中の写真を多用したことで、スカウトの特性を良く表していると思います。

 思えば、平成7年1月の厳冬期「阪神淡路大震災」の発生から5日目の現場で、全国から集められた救援物資が雨で濡れることを心配した神戸市役所職員から「ボーイスカウトのテントを借りられないか。」との相談を頂いた際、正に自発活動であったことから、その願いは叶いませんでした。

 今日では、発災時、神奈川県連内に「支援本部」が設置される予定なので、自主的であっても先行したスタッフの情報を受け、的確な被災地支援活動に通じると思います。

 「阪神淡路大震災」の被災地となった兵庫県連盟は、自らも被災するなか、困難を乗り越え全団を挙げてスカウトの本分を全うしました。

 私たちの住む神奈川でも「首都圏直下型地震」などの発生が危惧されるなか、万一の際には、地域にボーイスカウトがいて良かったと言われるような「青少年育成団体」であって欲しいと思います。

今週の月曜日の過ごし方。

 先週の週末は雨が続きましたが、今週は春の訪れを感ずる穏やかな日々となりました。同じ「春」でも「春の長雨」から「小春日和」という季節の移り変わりを感じます。家々のお庭の梅も白やピンクに咲き始め、自宅から駅へと続く道の土手からはウグイスの声も聞かれるようになりました。

 今週末となる、金、土、日の三日間は、JR東神奈川駅西口近くの専門学校で開催された「赤十字救急法基礎・養成講習会」の主任指導員として参加しました。三日間とも講習会終了後に会議が入っていたため、日曜日の夜は自宅に着いたと同時に疲れはピークに達し、そのまま寝付いてしまいました。

 「講習会」に参加された29名の「専門学校生」は、19才前後の男女であり「人生で最もはつらつとした青春年代」であることを時々に感じました。短い時間ではありましたが、彼らと同じく空間にいるとそのエネルギーを吸収できるような錯覚にも陥ります。ある意味社会から撤退する年代にも関わらず、こうした機会に恵まれている「環境」を感謝する次第です。閉講式では、互いの健闘を称えあいましたが、彼らの人生に幸多かれと祈らずにはいられません。

 本日は、のんびりと朝からパソコンに向かい、午後は試験の採点と赤十字への報告書作り、その後はボーイスカウト神奈川連盟理事会に提出する「災害支援ガイドブック」の印刷と製本位で一日が終わりそうです。

 週末に、キャンプやバザー、防災訓練などがあると、月曜日は片づけで一日が終わりますが、今週は少し楽です。

 明後日は、近くの「学童保育所」で子供達と一緒におやつの「たい焼き」を焼く予定です。

 

今週末にかけての予定は「大車輪」

 「春の長雨」という言葉は、普通人の生活ではあまり気になりませんが、週末ごとにボーイスカウトや防災訓練、たい焼き奉仕などの「アウトドア活動」が続く私にとっては大きな打撃です。先週末は、雨の中での障害者施設バザーで大テント2張りと小テント1張りが濡れてしまいました。

 昨日の午前中は久しぶりの晴天だったので、撤収したテントなどの資材を整備しましたが、いつも大仕事で今日は少し筋肉痛です。昨夜は二つの会議が重なりましたが、社会のために真摯に取り組もうとする人々と交流は、私の心を癒してくれます。

 本日午後は「横浜栄・防災ボランティアネットワーク」の運営委員会でしたが、送迎ボランティアの仕事が入り、行かれそうもありません。夜はJR横浜駅西口のサポートセンターで「神奈川災害ボランティアネットワーク」の会議があります。

 地域のボランティア団体から、土曜日に200人分の鍋を作るので、ガスコンロと鍋を貸して欲しいとの依頼を請けてましたが、明日金曜日から日曜までの3日間、専門学校生を対象とした「日赤救急法」の講師として参加し、夜は連続して会議のため、今日中に準備しご自宅へお届けすることとしました。

 明日金曜日の夜は藤沢で「湘南オープンウオーター」の会議と懇親会、明後日土曜日は「ボーイスカウト地区ラウンドテーブル」、週末の最後の日曜日は「赤十字救急法指導員派遣会議」楽しみにしていましたが残念ながら欠席し、夜は「ボーイスカウト団委員会」と続き、今週は「笑天」を観られないのが少し心残りです。

 日曜日の夜、「笑天」と「サザエさん」をテレビで観て、週末が終わるとほっとする人生もまた楽しからずや。

二つの会議

 本日は、横浜で二つの会議があります。一つはJR桜木町駅近くの横浜市健康福祉総合センターで行われる「横浜災害ボランティアネットワーク会議」が18時から20時まで。その後、JR横浜駅西口近くの県民活動サポートセンターで開催される「ボーイスカウト神奈川連盟・災害支援委員会」の会議が19時30分から21時までです。

 「横浜災害ボランティアネットワーク会議」は横浜市内の災害ボランティア団体が加盟しています。事前アンケートがあり提出しました。これで各団体の現状が分かり、メンバーの皆様にお会いできるのも大変楽しみです。

 さて、開発した「非常用トイレシステム」は、災害によるライフライン停止時等で被災地全ての人々に不可欠なものですが、災害備蓄の順は「飲料水」から始まり「非常食」・・・そして最後に「トイレ」となります。

 「キャンピングカー」に興味があり、ホームページで閲覧すると大変興味深い記事に当たりました。「車載トイレ」のことです。多くのキャンピングカーにはトイレが搭載してありますが、移動中は汚物を廃棄することができないので、使えるときは「地上のトイレ」、最後の手段として「車載トイレ」となるようです。

 「地上のトイレ」が使えないのは「災害時」と共通しますが、「ビニールトイレ」の微塵もありません。使用期間や処分、衛生環境などを考えると「キャンプ用トイレ」が極めて優れていることは明白です。

 「非常用トイレユニット」は、使用実績の高い「キャンプ用トイレ」と「トイレボランティア」の組み合わせですが画期的なものと自負しています。本日の会議では、「案内書」を皆様にお配りすべく準備は完了です。

 「ボーイスカウト神奈川連盟・災害支援委員会」の会議では、先日理事会で新たに「災害支援活動・ガイドブック」が承認されたことから各地区に発表されます。各委員の共同執筆ですが、挿入されている「写真」の全ては、今日までの神奈川のスカウトによる災害支援活動を写したもので大変貴重です。理事会でスカウトによる、過去の災害支援活動が明らかになったことも大きな進歩です。

 「阪神淡路大震災」以降、「ボーイスカウトによる災害支援活動」を当然のことと世論は形成されてきました。

 「地域防災力強化」の要は、地域のボーイスカウト加盟割合にあるというお話も頂いています。新潟県中越地震などのお話でもスカウト関係者が避難生活をリードしたとも聞いています。

 ボーイスカウトが「災害支援」という、新たな「国民の期待に応える活動」を展開することで、私たちの運動は大きく前進するものと信じます。 

雨の「レインボーまつり」でたい焼きを販売、利益は芝刈機購入に

 昨日は、自宅の近くにある障害者の施設が主催する「レインボーまつり」の会場で「たい焼き」を販売しました。こちらの施設には、前回も出店させていただきましたが、そのときは「たい焼き器」を購入した直後であり、試行錯誤のなか、ボーイスカウトも興味津々で加わったものですから、一部の商品は「黒たい焼き」になってしまいましたが施設の先生方は笑顔で購入してくれました。

 このときの利益は、中越沖地震で大きな被害を受け、当時、柏崎市内の仮設住宅で生活されていた被災ご家族慰問(二回)のために使わせていただきました。ボーイスカウトならではの真摯な活躍ぶりに、仮設住宅の人々や関係する柏崎市社会福祉協議会の皆様に感謝された日々は良い思い出となりました。

 まっり開催中は、あいにくの雨天でしたが、さすがは「たい焼き」人出の割にはよく売れました。「雨」は、「レインボーまつり」の「レイン」の文言が影響しているのではないかというのは「スタッフ」の言でした。

 会場には、我が「神奈川災害ボランティアステーション」のテント二張りが活躍しました。阪神淡路大震災を教訓に装備したものですが、多くは、こうした市民レベルのイベント支援に使われています。「認定NPO法人災害ボランティアステーション日本」からも販売スタッフとしてお手伝いを頂きました。

 昨日の午後に開催されたボーイスカウト地区委員会には少し遅れてしまいましたが、今後は「ボーイスカウト」の制度が変更され、社会貢献のウエイトが高まるということで、ボーイスカウト以外の青少年を対象としたキャンプ教室の開催などが提案されていました。

 こうした「バザー」や「各種レク活動」に限らず「防災」などでも、多くの自治会やボランティア団体から支援要請を頂いています。「ボーイスカウト神奈川連盟事務局」に「ボーイスカウト支援要請書」を備えていただければ、随所に「後援・ボーイスカウト神奈川連盟」の文字が躍ることになりますが如何でしょうか。

「少年防災ボランティア」賛歌

 ボーイスカウトらの社会貢献の場として「災害支援」にチャレンジしてきましたが、今日までの地域や被災地では、青少年ならではの特性を活かした素晴らしい活動に繋がってきました。

 「長崎県雲仙普賢岳噴火災害」では、降灰でかすむ被災地の道路を大型の自衛隊や警察、消防車両が灰塵を巻き上げて走り去る様相に市民は不安な毎日を過ごしていました。私たちは、毎回、横浜から被災地に向う途中の昼食を島原市内の「城下町レストラン」と決めてきました。噴火災害発生以来の「被災情報」は全国を駆け巡り、深刻な観光客の減少につながり、閑散としたお店への来客は僅か10名に満たないものでしたが経済効果の一助にと考えました。また、到着第一日目は毎回午後でしたが、スカウトら全員で買い物籠をもって「万屋商店街」を訪れ食材を買い求めました。

 不安な毎日を送る市民から、スカウトら少年達の訪問は「一時の安堵」につながると感謝されました。毎回、救援物資の分別や温泉湯の運搬など、彼らの真摯な活動は被災地の人々の心を和らげました。「万屋商店街」のお肉屋さんから鍋一杯のカレーや浜で作業中の市民から取立ての「ワカメ」をいただくなど「絆」の大切さを学びました。

 こうした活動を広めたいという願いから、内閣府が主催する「2005年度防災教育チャレンジプラン」の実践団体として「少年防災ボランティア養成プロジェクト」をエントリーしたところ見事採用されました。

 内容は、「被災地」を想定していますから「安全で少年たちでも可能な活動」をコンセプトに、

○被災地パトロール・・・家屋に挟まれている人や危険な状態を発見したときは、近くの大人に知らせる。

○洗濯したシーツを使った簡易包帯作り・・・家族や友達以外の手当ては大人に任せる。

○ペットボトルを使った簡易傷口洗浄器作り・・・家族や友達以外の手当ては大人に任せる。

○非常用炊出袋を使った炊飯活動・・・鍋の近くは危険だから大人に任せる。

○バケツリレー・・・速さよりも大切な飲料水をこぼさないように。

などの実習に加えて、「災害ボランティアの体験談」、「被災した子供達の体験談」などを加えます。

 大きな特徴は、終了後に立派な「IDカード」を進呈することです。

 少年の時代に、社会や学校が「少年防災ボランティア」として認められれば、彼らには生きる力が育まれ、健全な社会人に成長すると思います。

 未来の社会を考えたとき、僅かな運動ですが、大きな力になると夢見ています。

 すでに千名を超える、少年と成人指導者が世に出ています。

 本日は、座間市内の災害ボランティアが実施する予定でしたが、残念ながら「雨」で中止となりました。

「神奈川災害ボランティアステーション」賛歌

 平成3年6月に発生した「長崎県雲仙普賢岳噴火災害」の発生を知り、ボーイスカウトとの責務として「災害支援奉仕」を実施すべく、ボーイスカウトの指導者仲間と共に、神奈川県民からお預かりした「救援物資」を、愛車キャラバンに搭載し被災地入りしました。自衛隊などの救援車両が行き交い、降灰にかすむ被災地では、島原市役所から紹介された「島原ボランティア協会」の指揮下に入り、長崎大学の学生ボランティアなどとともに、救援物資の仕分け作業などに携わりました。

 以後、スカウトボランティアによる「災害支援活動」の安全が確認されたこととから、若きスカウトらの奉仕の場として、神奈川や東京のスカウトらと長期休みを活用し3回訪問したところ、彼らは期待以上の活躍をしてくれました。

 平成7年1月「阪神淡路大震災」が発生し、横浜市消防局に勤務する友人と二人で、神奈川県藤野町役場や町民からお預かりした「救援物資」を携え、被災から5日目の神戸市役所を訪問しました。公園でテント生活をしながら「奉仕活動」に入って数日後「降雨による全国からの救援物資の水濡れ」を心配した神戸市役所職員からボーイスカウトのテントを借用できないかとの相談を受けましたが、「おっとり刀」に近い自主的な活動であったことから、組織的支援に繋がる願いは叶えることができませんでした。現在は、ボーイスカウト神奈川連盟内には「災害支援委員会」が発足し、スカウト関係者による自主的な活動であっても「支援」や「情報の共有」が可能になりました。

 大きな災害直後による「大型テント」の必要性を痛感し、自前で二張りを購入しましたが、テントに入れる名称を、阪神淡路大震災の際に、被災者からの新聞投稿で「地図でしか見たことのない『地名』を記した消防自動車の走る頼もしさ。」とあったことを思い出し、「神奈川」の名称を借用し「神奈川災害ボランティアステーション」と命名しました。以後は大きな災害の発生は無く、テントはもっぱら防災訓練や市民レベルのイベントなどに活用されてきました。

 赤十字の救急法指導を通じて「連合神奈川」との交流がスタートし、災害発生に備えた「テント」四張りの保管管理を委託されるようになりました。また「徳洲会災害医療救援隊」への野外活動指導中に多くを学んだことから「災害医療支援隊(DMAT)」をサポートする「野外医療活動支援ユニット(有効14.25㎡)」ととして装備の増強に努め、目標はほぼ完成しました。
 
 また、新たにスタートした「災害トイレユニット」は、一人のトイレボランティアがケアすることで、600人の生活まで対応できるという優れもので、阪神淡路大震災での貴重な教訓が活かされています。本ユニットは、衛生状態の確保が欠くことのできない、医療や老人、障害者施設のみならず、人が集まる場所では不可欠なツールとして注目を集めています。

 「神奈川災害ボランティアステーション」はボランティア団体としても先駆けでもあり、この名称では市民から見ると相当な組織と誤解されますが、基本的には「単独行動」です。これは「災害」の発生には未知への危険が伴うことと、「組織化」することで「活動の内容」が制限されることです。また、多くの場合に「即決断」が命ですから、こうした「一匹狼的組織形態」を大変気に入っています。

 多くの人々のご支援を頂き、三年前に「認定NPO法人災害ボランティアステーション日本」をスタートしましたが、「災害支援活動の実施」は「神奈川」と同様「単独行動」の域を外れられないのが現状です。

 現在のネックは、保管する大量の装備品を被災地に運び込む「機動力」に欠ける点でありますが、先日、NPO設立にご尽力頂いた方から、素晴らしい経営思想をお持ちの若き社長をご紹介頂きました。お会いして、私の活動目的や内容を説明させていただいたところ、「損得抜きでのご支援」をお約束いただきき、早速「災害救援車」の整備についてのご支援というお話になりました。

 私的ボランティア活動ですから「運用可能な資金」は限られ、「NPO」発足時に枯渇し「災害救援車」の導入は、当分の間あきらめざるを得ませんでしたが、実現の有無はともかく「嬉しい話」でした。

 本ブログは、「若き支援者」の進言によりスタートしたものですが、良いアドバイスと感謝しています。

 今後の「災害時活動報告」は、「本ブログ」と「スカウト防災ボランティアネットワーク(伝言板)」の二本立てとし、従来の「メール」は補完的な伝達手段にしたいと思います。

 今後は、障害を持つ青年らとのコラボレーションを考えています。「地域作業所・神奈川災害ボランティアステーション」までに育てば、車両や装備のメンテナンスは彼らに委託することができます。防災訓練等では彼らでも十分活躍することができますから、「障害を持つ人々の社会貢献(職業化)」という生涯の夢が実現します。

「非常用炊出袋」賛歌

 「非常用炊出袋」とは、耐熱性をもつビニール袋で、お米と飲料水を図示され線まで入れ、口付近を輪ゴムで止め、沸騰した鍋の中で20~30分ほどボイルすると炊き上がります。炊飯には最低限の飲料水で済み、鍋を洗うことなく連続作業が可能なことから、大地震などでのライフライン停止時に大きな威力を発揮してきました。

 最初の出会いは、ボーイスカウト神奈川連盟内で、防災に役立てて欲しいという篤志家の「資金援助」があり、委員会で検討中に、消防局に勤務するある指導者から「非常用炊出袋」という便利なものがあるとのお話を頂き、導入を決定しました。購入後は、各地区を通じて、県内全てのスカウト関係者に一食分づつを配布しました。

 私も、「災害ボランティア」の端くれとして興味を持ち、同時に注文しました。以来、防災訓練等を通じて普及に努めましたが、新潟豪雨、中越地震などで現地入りした際に、地元のスカウトらの応援を得て「炊き出し」を実施し「発災から4日目にして温かいご飯が食べられた。」など、皆様から感謝されました。

 週末になると、地域の防災訓練などに呼ばれて「炊き出し訓練」の指導者となります。先日も横浜市立汲沢小学校で200人分の炊飯を実施しました。持ち込んだ炊飯セットにより24時間連続で炊飯を続ければ一日当り3,000食の炊飯が可能で1,000人の食事が賄えます。

 現実的には「首都圏直下型地震」が発生することで、避難所となる小学校には数千人が食料やトイレを求めて集まると思います。さらに数セット分の準備とスタッフが必要ですが、こうした作業は高校生年代以上のスカウトにとって朝飯前の仕事です。

 ボーイスカウト神奈川連盟では、例年県内各地で行われる「神奈川県総合防災訓練」にて、スカウト・指導者を派遣して炊飯活動を実施して、市民からの喝采を受けています。

 「炊事章」、「野営管理章」、「救急章」と、この辺に、ボーイスカウト組織拡大のヒントがあるのではないかと思います。

「非常用トイレユニット」賛歌

 平成7年に発生した「阪神淡路大震災」以降、新潟県や宮城県内などで大きな地震が続きました。大地震における特徴的な被害は広範なライフラインの停止にもあります。震源に近いビルや家屋などは大きな被害を受け、都市化率の高いほど多くの死傷者が発生します。

 「阪神淡路大震災」では戦後最大典型的な都市型の大地震となり六千を超える尊い人命を奪ったほか、インフラやライフラインにも甚大な損害を被りました。駆け付けた発災から5日目の被災地は厳冬のなか、公園には避難した人々がフライシートを張り、身を寄せ合いながらドラム缶の焚き火で暖を採っていました。訪れた神戸市役所内の階段にも被災者が多数避難し生活ゴミが散乱していました。スカウトとして最初の奉仕は清掃活動でした。

 神戸市役所のトイレは地下水を使っていたことから使用が可能でした。しかし避難所となった学校の体育館の多くは下水道の破損等も加わり使用不能でした。被災者、特に婦女子は飲食を節し、夜になるのを待って体育館裏に卓球用のパーテーションを立てて、汚れた側溝をまたいで用を足したと報告されています。今も当時のことを思うと心が痛みます。

 私たちが家庭の防災備蓄を考えるとき、最初は「飲料水」、続いて「食料」、最後に「トイレ」となりますが、被災直後のライフライン停止下では、発生した汚物を水で瞬時に流すことができないので「非常用トイレ」の必須条件としては「汚物」と「外界」とがきちんと遮断できる構造が必要です。災害備蓄家庭用トイレは、ビニールと段ボールの組み合わせがほとんどで、トイレの使用不能が続けば数日のうちに汚染が蔓延する危険性をはらんでいます。

 辛い思いは一人でもさせたくないという願いから、構想15年「非常用トイレユニット」を完成しました。ボランティアが定期的にケアすれば、一ユニットで150人ほどの生活が可能です。一人のボランティアで4ユニットのケアが可能ですから600人ほどの生活を守ることができます。「首都圏直下型地震」は「阪神淡路大震災」を大きく上回る巨大被害が予想されます。

 医療や高齢、障害者施設などでは災害備蓄の必需品と思います。人の生活する場であれば、家庭を含め全てをカバーしなければなりません。

 完成後、防災訓練や展示会で多くの関心を頂くようになり、問い合わせの電話も増えてきました。

 明日は、鎌倉市内で「送迎ボランティア」の後、横浜市内の自治会が防災訓練参加者への配布品として「非常用炊出袋」をご採用いただいたことからお届けにあがる予定です。

「ボーイスカウト」賛歌

朝日新聞「声」欄担当様

247-0007横浜市栄区小菅ヶ谷3-20-25
鈴木幸一(すずき こういち) 62才
サービス業
電話090-8170-6337・ファックス045(891)2633

「災害への備えは我らの努め」 

 ボーイスカウトの精神とスキルを活かした「災害支援活動」をと思い立ち、長崎県雲仙普賢岳噴火災害の発生を機に災害ボランティアとして少年らと共に現地入りしたが、思わぬ活躍ぶりと被災された皆さんからの感謝を目の当たりにし指導者冥利を感じた。

 阪神淡路大震災では5日目の神戸市役所に神奈川からの救援物資を携えて到着したが、自主的に行った誘導案内や物資の積み下ろしは日ごろのスカウト活動の延長であった。

 全国に展開する十五万のスカウトは幼いときから「いつも他の人々を助ける」という心と技を育ててきた。

 万一の災害発生時、中学生年代までのスカウトであれば地域情報に詳しいことから避難所の中から不明者を知らせることができ、小学生を使って洗濯済みのシーツから簡易包帯を作り出すこともできる。

 高校生年代になれば救護や大量炊飯、生活道路の復旧など被災生活に力を発揮する。

 地域防災力のバロメーターとしてスカウト人口の高さも重要と思う。行政を補完し民間との協働で苦難を乗り切らねばと思う。

看護師の卵へ「日赤救急法」を指導しました。

 日本赤十字社の救急法指導員として奉仕を重ね40年近くなります。最初は指導員仲間のなかで、一番若かったのですが今は逆転状態です。救急法も日進月歩の世界であり、正直な話、熱心な若い指導員と比べると技術的に劣るところは否なめません。まあその分は豊富な体験でお茶を濁す日々です。

 今回の受講者は、横浜市内の看護学校の学生約40名でした。通常では体の仕組みや名称、脈の正しい見方などに、それなりの時間を費やすことになりますが、こちらではかなり省略できます。

 ボーイスカウトや高校生を対象とした講習会では、「心肺蘇生法、上手ですね。これなら看護師になれますよ。」なんて誉めますが、以外や今日も使って受けを狙い成功しました。

 3時間の短期講習でしたが、楽しい一日でした。

横浜戸塚汲沢小学校での「地域防災拠点防災訓練」支援について

 昨日の午前中、横浜戸塚区内の汲沢小学校体育館で地域の自治会会員ら200名ほどが集まり「地域防災拠点防災訓練」が開催され、役員からの事前要請に応じて支援にお伺いしました。あいにくの雨模様でしたが続々と会場入りする人々の姿を見ると心強く感じました。

 私は、打合せどうり「非常用炊出袋」による「炊飯」の実演展示訓練を行いました。7~8名の体験豊かな女性軍が応援していただき、炊き出しや説明がスムースに進行できたので、予定では一部炊き込まないものをお持ち帰りいただくとしていましたが、全ての参加者に炊いたものをお渡しすることができました。

 また「非常用トイレユニット」も持ち込みましたが、展示説明については役員の方にお願いしました。簡単な説明で役員の方達もご理解いただいたことから、参加された会員の皆様にもご理解が広まったようです。お話では「好評」であったとのことでした。災害備蓄の順番は、「飲料水」、「食料」と続き、「トイレ」は最後となるので、なかなか、「これで良い」というレベルには達しないのが現状かと思います。

 今回、感心したことは学校の防災に対する「意識」の高さでした。校長先生以下皆様は万一の場合の「避難所運営」は学校関係者が主体的に行うというという「崇高な意気込み」が感じられました。10名を超える学校関係者の積極的参加や会場準備への対応の早さや、防災服の着用など、今日までの体験からすると「驚愕」にも思えました。他の学校も、同様な対応ができるとすれば、地域住民の避難生活に大きな力になると思いました。

 中越地震で、発災から4日目に訪問した「小千谷市立比角小学校」でお会いした、長身の女性校長の颯爽たるお姿を思い出し、さらに心強く思いました。

 本日から3月春は直ぐ前、午前中は鎌倉で「送迎ボランティア」。午後は横浜市医師会館での「看護学生赤十字救急法指導」と、まだまだ「楽しい社会奉仕」は続きます。
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